木久扇師匠が歌丸師匠に苦言?
日本国民の笑いの原点
番組放送開始から,変わらぬ人気を保ったまま50年という節目の年を迎えた,日本テレビ日曜夕方の元祖お笑い番組“笑点”
おじさんも物心がついた頃には,日曜の夕飯の時にはかならずテレビには笑点が流れていた。
普段はご飯の時間のチャンネルはNHKしか許してくれなかったおじさんの爺ちゃんも,普段はいかつい顔をしてる親父も,みんな大笑いしながら過ごすその時間がとても好きで,毎週日曜日の夕方になるのが楽しみでしょうがなかった。
放送50週年特別記念展
そんな50年という歴史を振り返ることができる『笑点 放送50周年特別記念展』が日本橋髙島屋で開催されているそうな。
27日には内覧会と記念式典が開催されて,木久扇師匠がゲストとして来場されたとのこと。
その会見の中で,木久扇師匠は歌丸師匠が自身の引き際について言及したことに大しての苦言を呈したといろんなニュースサイトで報道されている。
林家木久扇「笑点」引き際を語った歌丸に不満 「何で自分で自分を片付けちゃうようなことを…」 | エンタメOVO(オーヴォ)
放送開始当時からの盟友として,いつまでも番組の顔として,活躍してほしいと思う気持ちからの率直な思いだろうね。
よく,地方の放送局の「開局◯◯周年」なんていうので地方の文化会館あたりで公開収録をすると,歌丸さんは「次は,開局100周年の記念行事にも是非この笑点メンバーでまた来たい…」みたいなことを言っていた。
単純に計算したって,その頃には歌丸さんだけじゃなく,他の笑点メンバーもありえない年齢になっているのがわかるから,会場はドッと湧き上がり笑いが溢れる。
でも,笑いながらも「本当にその日があってほしい」という観客の思いも感じられてほっこりするんだよね。
お互いのキャラクターがしっかりと確立していて,それをお互いに認め合っているから出せるイジり合いとかも好きだった。
おじさんが特に好きだったのは,歌丸と小円遊の激しいツッコミとボケの応酬
お互いの愛情が見えるんだよね…
ホントすきだったなぁ…
って,小円遊って言ってもわかんねぇか…あはは
だからこそ
おじさんが知る限り,笑点という看板がどっかにちょっとでも見え隠れする時は,木久扇師匠はそのおバカキャラをくずしたのを見たことがない。
別の落語番組などでは,「名人級の落語家」という凛とした姿を魅せてくれながらも,笑点では徹底的におバカを貫いている木久扇師匠。
その木久扇師匠が,マスコミを通して「自分で区切りをつけちゃいけないと思うんですよ。“終の人生”とか言うとそこに自分が追い込まれていっちゃうから」って真面目な顔して言うあたり,歌丸師匠や笑点メンバーへの強い思いを感じますよね。
特に最近は体調不良で番組をちょくちょく休むようになってしまっている歌丸師匠の気持ちを案じながらも,弱気な発言をしたことへの発破でもあるんでしょうね。
木久扇師匠らしいと思いました。
そして,そういう会見も最後にはきっちりと笑いとオチをつけてしっかりとしめてくれる。
さすがとしか言いようがないですね。
100周年記念展には是非!
この度の50周年記念展には,残念ながら出かけるチャンスのないおじさんですが,番組がこれからも発展し続け,100周年を迎えた時には是非また「100周年記念展」を開催していただき,その際には足を運びたいと思います。
だから…
歌丸師匠もお体を自愛して長く活躍してほしいですね。
(100周年の頃には,歌丸師匠130歳になってるというのはヒミツです…)
〜おまけ〜
ず〜っと前に,笑点の小さな座布団のプレゼント企画があったんだけど,あの時は本気で欲しくってエラい数のはがきを投函したことがありました…ははっ